ネット上に書き込まれる誹謗中傷は後を絶ちませんが、中には刑法犯罪に該当する悪質なものも多く、民事刑事両方の裁判で争われることも珍しくありません。
ネットの誹謗中傷で成立しうる刑法犯罪は、名誉毀損・業務妨害・侮辱罪など様々ですが、ここでは「信用毀損罪」について検討し、削除依頼の方法や法的手段などについて詳しく解説します。
目次
誹謗中傷とは何か?
そもそも誹謗中傷という言葉はどのような意味なのでしょうか?いずれも法律用語ではありませんが、日常的に使用される言葉として馴染み深いものです。
まず「誹謗」とは「他人の悪評を話題にしたり、欠点を論ったりして悪口を言うこと」です。
「中傷」とは「事実無根なのに他人の名誉を傷付けるようなことを述べる」という意味です。
どちらも似たような意味であり、二つの言葉を合わせた「誹謗中傷」という言葉が「根拠のない悪口を言って他人を傷付けること」という意味で使われています。
信用毀損罪はどんな犯罪なの?
信用毀損罪とは、刑法の条文に規定された言葉であり、単に他人の信用を傷付けるという意味だけではありません。
日常的によく耳にする名誉毀損罪は刑法上の罪名で、他人の名誉を傷付けるという罪ですが、信用毀損罪と内容が異なります。
条文の意味と刑罰
信用毀損罪の条文とその意味、刑罰について説明します。
信用毀損罪は、刑法233条に規定されています。
条文の内容は「虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」です。
「虚偽の風説」とは、客観的事実に反する噂や評判のことです。
この点が名誉毀損との大きな違いです。
名誉毀損は真実を言いふらしても罪に問われることがありますが、信用毀損罪は虚偽でない限り犯罪が成立しません。
「流布」とは直接不特定多数の人に噂をばら撒くことだけでなく、少数の人に悪評を伝えただけでも更に別の人に伝わる可能性があれば「流布」に当たります。
「偽計」とは他人の錯誤や無知を利用し騙すことです。
刑罰は名誉毀損より重く、窃盗より軽くなっています。
関連:刑法233条について
信用毀損罪の特徴
信用毀損罪の内容は、単に他人の信用を低下させる噂をするというような一般的に抱くイメージとは異なります。
信用毀損罪の特徴は、その保護する対象が支払い能力や商品の効能などの経済的信用に限られるという点です。
経済面の信用に主眼を置く
信用毀損罪の「信用」とは人柄や人格について信頼に足りるという意味ではありません。
信用毀損罪の「信用」は一般的な広い意味ではなく、経済的信用に限定されます。
経済的信用とは、支払い能力や支払い意志・商品の品質や効能・人の技量等に対する社会的信頼のことです。
たとえばA氏は裕福なのに「A氏は破産しそうだ」と他人に言った場合に、信用毀損罪が成立する可能性があります。
破産するということは支払い能力がないということを示すからです。
逆に「A氏は虚言癖がある」と言ったら、名誉毀損になることはあっても信用毀損罪には当たらないことになります。
実害が出ていなくても罪に問える
一般に刑法犯は警察に被害届を出してから訴追が始まるイメージなので、信用毀損罪についても被害がないと罪に問えないようにも思えます。
しかし信用毀損罪は抽象的危険犯と言って、現実に損害が発生していなくても罪に問える犯罪です。
抽象的危険犯の例として、人が住居として使用している家に放火したら偶然無人でも犯罪が成立する現住建造物等放火罪があります。
したがって信用毀損罪が成立するためには、悪口を言われた相手の信用が現実に低下する必要はなく、「信用を低下させるおそれ」がある行為をすれば既遂になります。
非親告罪である
刑法上の犯罪は、親告罪と非親告罪の二つに分かれます。
親告罪とは、器物損壊や名誉毀損など告訴するかしないかを被害者本人の自由意志に委ねる犯罪です。
被害者が告訴を望まない以上、無理に訴追する必要はないとされる犯罪に限られます。
信用毀損罪は非親告罪という位置付けで、被害者本人からの刑事告訴がなくても訴追が可能です。
非親告罪は、被害者本人が刑罰を望まなくても社会的制裁を加える必要がある場合とされています。
信用毀損罪は被害者の名誉だけでなく財産上の不利益を被るおそれがあるので、非親告罪として告訴権者の範囲を広げています。
ネット上に他人の経済的信用を失墜させる書き込みをすると、書き込みされた本人が告訴しなくても罪に問われることがあるのです。
信用毀損罪の有名な判例と誹謗中傷の具体例
信用毀損罪に関する有名な判例を紹介します。
コンビニで紙パック入りジュースを買った後、自ら異物を混入しておきながら、販売店に落ち度があるかのようなテレビ報道をさせた事件について、販売商品の品質に対する社会的信頼を傷つけたとして信用毀損罪を成立させる判決が下されました。
テレビの報道が「流布」に当たる以上、ネットへの書き込みは更に伝播可能性が高く「流布」として認定されやすいでしょう。
信用毀損罪が成立しうる誹謗中傷の書き込み事例について、以下のケースはどれも虚偽である点が前提となっています。
法人については、破産手続き中や代金未納であるといった、支払い能力を疑わせるケースが挙げられます。
また手抜き工事や産地偽装など、技能や商品の品質の信頼低下も信用毀損罪に当たります。
個人でも、自己破産手続き中だという風評やクレカのブラックリストに載っているという噂も、本人の支払い能力を否定するものとして信用毀損の罪に問われます。
信用毀損罪と偽計業務妨害罪の違い
信用毀損罪と偽計業務妨害罪の違いについて説明します。
刑法233条(信用毀損及び業務妨害)は「虚偽の風説を流布し、人の信用を毀損した者」の部分で信用毀損罪について触れ、「偽計を用いて、その業務を妨害した者」の部分で業務妨害罪について述べているとされています。
ただし業務妨害罪については次の234条で威力業務妨害罪が規定されているので、234条と区別するため233条の業務妨害罪は、条文の中の言葉を引用して「偽計業務妨害罪」と呼ばれています。
信用毀損罪と偽計業務妨害罪の違いは、その保護法益にあります。
保護法益とは法律の規定によって保護される利益です。
信用毀損罪の保護法益は経済的な信用で、偽計業務妨害罪は被害者の業務が保護法益です。
ネットの誹謗中傷で経済的信用を傷付けられて業務に支障が出れば両罪が同時に成立しますが、刑罰は片方だけの場合と同じです。
信用毀損罪にあたる誹謗中傷を放置するリスク
誹謗中傷は相手にせず黙殺するのが一番効果的だという説があります。
しかし、ネット上の誹謗中傷を放置すると知らないうちに真実として拡散されて、いつまでも消えずに残るため大切な人の信頼を失い大きな損害を生む可能性があります。
法人にとってのリスク
法人がネットの誹謗中傷を放置する主なリスクは「企業のイメージダウン」です。
その結果起こる具体的な損害として、まず業務に関わる損害が挙げられます。
例えば、自社商品の売上が落ち、新規の集客も難しくなります。
また取引先や受注先から不信感を持たれて契約の締結や更新に悪影響が出たりします。
こうして収益が低下し、事業の拡大や継続が難しくなってしまいます。
次に人材に関わる損害も大きいです。
悪評が立つ法人が新卒採用や中途採用の募集をしても応募者が集まりません。
それどころか社員の離職率が上がり、人材不足に悩まされることになります。
個人にとってのリスク
個人がネットの誹謗中傷を放置する主なリスクは「これまで築いてきた信用を失うこと」です。
その結果としては、まず現在の生活に関わる損害が生じます。
切っても切れない関係であるはずの家族や友人、恋人といった身近にいる大切な人の信頼が崩れてしまいます。
また職場に知られた場合には、どんなに仕事ができても人としての評価が下がってしまい、仕事がやりづらくなります。
また将来の生活に関わる損害も計り知れません。
就職希望先の企業に自分の悪評が伝わったら、転職活動も希望通りに進めにくくなります。
個人で起業するにしても融資を受けられなくなるおそれがあります。
誹謗中傷が信用毀損罪に該当するかもしれない場合の対応手順
ネットに信用毀損罪に該当しそうな誹謗中傷の書き込みを見つけると、とにかく早く削除してほしいと焦ってしまいがちではないでしょうか?しかし、法的手段を採るなど冷静に対応すれば事後の予防策にもなりますので、正しい対処法を紹介します。
手順1:サイトの規約確認と証拠保全をする
ネットの誹謗中傷への対抗策として最初にすべきことは、誹謗中傷の書き込みがされているサイトの投稿規約やガイドラインなどを確認し、相手の規約違反がないか確認することです。
もし誹謗中傷を禁ずる等の規約があれば、違反する書き込みの削除申請をする際の根拠の一つとなります。
また該当の書き込みを印刷したり、スクリーンショットなどで保存したりして証拠保全をすることも必要です。
印刷や保存が上手くいかない時は画面の写真を撮るだけでも構いません。
これは、刑事告訴や民事裁判で損害賠償請求をすることになった場合に証拠として必要だからです。
手順2:プロバイダに削除申請をする
上記のように利用規約の確認と証拠保全をした後は、実際に該当の書き込みを削除してもらうためにアクションを起こさなければなりません。
それでは削除申請の手続きについて順を追って具体的に説明します。
自力での削除申請は通らない場合も
まずネットの誹謗中傷を削除してもらうためには、プロバイダに書き込みの削除依頼をする必要があります。
依頼方法の手順は、ほとんどの場合に専用フォームやメールなどサイトによって指定されています。
指示に従って入力していけば削除申請できるようになっていますが、素人では最初見たときに戸惑う言葉もあります。
「送信防止措置」は削除依頼のあった書き込みをプロバイダが削除することです。
「プロバイダ」はネットサービス提供業者だけでなく、サイトの運営者・管理者など広く含みます。
以上の手続きは個人でもできますが、実際には即座に対応してもらえるとは限りません。
というのも法的に説得力のある送信防止措置依頼書を素人が作成するのは困難ですし、削除申請を受けたからと言ってプロバイダには削除義務が生じるわけではないからです。
プロバイダ側にも「表現の自由」を守るという立場もあって、双方の言い分のどちらが正しいのか判断できないまま削除できないという事情もあります。
ネットの誹謗中傷は専門の弁護士に依頼するのが安心
以上のように残念ながらせっかく削除依頼しても応じてもらえない場合や、何とか自力でやってみたものの削除依頼自体に自信がない場合は、弁護士に相談すると良いです。
弁護士の中にはネットの誹謗中傷被害の専門家もいるのです。
一般人からの依頼には応じなくても、弁護士からの削除依頼には応じるプロバイダは少なくありません。
弁護士が介在するとその後裁判沙汰に巻き込まれる可能性が高まるので、事態の深刻化を避けたいプロバイダ側が迅速に対応しようとするからです。
弁護士なら削除依頼だけでなく、書き込みをした人の情報開示請求にも対応できます。
また問題の悪化を防ぐため、法的手段も含めて将来生じうる事態を見通したサポートをしてくれます。
手順3:プロバイダが応じてくれない場合は仮処分
弁護士が介入したとしてもプロバイダが削除申請などの任意の手続きに応じない場合もあります。
こうしたときには仮処分という法的な手段があります。
仮処分とは、緊急を要する案件につき判決を得ずに一時的に原告の要求を実現させる手続きです。
仮処分とは?
プロバイダが削除依頼に応じない場合でも、どうしても早急に削除させたいなら、一般的には裁判所に請求して仮処分手続きを採るようにします。
削除依頼はプロバイダが任意に応じるか応じないか決められるのに対して、裁判所の命令には強制力があるので実効性があります。
しかし通常の裁判手続きで削除させるためには裁判で争って勝訴する必要がありますが、それではあまりに時間がかかってしまいます。
そこで民事保全法に基づく仮処分の申請をして必要性が認められれば、判決を得られなくても直ちに裁判所から暫定的処分を命じてもらえます。
このように迅速な対応が可能な仮処分手続きによって、拡散スピードが速いネット上の情報を速やかに削除することができます。
仮処分の後はどうなるの?
仮処分が行われた後は誹謗中傷の書き込みを暫定的に削除できますが、信用毀損罪に該当するような場合、書き込みを行った相手を被告人として刑事告訴して刑罰を科すことを求めることができます。
また民事責任を追及して損害賠償を請求することもできます。
起訴した後も裁判外で相手と示談交渉をすることが多いですが、和解に至らなければ判決に至るまで裁判で争うことになります。
本人訴訟も不可能ではありませんが、証拠書類の準備など素人には手に負えない部分もありますので、専門の弁護士に依頼することをおすすめします。
ネットの誹謗中傷が信用毀損罪にあたるかもしれないと思ったら
ネットの誹謗中傷は自然消滅するということがなく、一旦消えてもまた誰かがアップしたりしていつまでも残存し、誰かの目に留まるおそれがあります。
経済的信用を傷付けられているような場合、事業展開や経済活動はもちろん、社会的な活動自体が難しくなる危険性もあります。
信用毀損罪に当たりうると思ったときは、個人で悩まず早めに弁護士に相談しましょう。